Chiffon*Symphony

編集者/音楽ライターを目指す20歳専門学生。音楽の記録. 

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いつもここから~2017年の音楽とライブハウスの出来事録

 

昨年上京を機にライブハウスに何度も通うようになった。

2016年は50本弱のライブを観た。(数え間違えてなければ、53か54)

そして2017年は、53本のライブを観た。 

まず今年面白かったライブイベントを4本ピックアップしようと思う。

 

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●3月4日 渋谷ミルキーウェイ『UDSO! Vol.14』

出演:Slimcat、The Mash、ザ・スロットル、hotspring、KING BROTHERS

●7月14日 下北沢デイジーバー

出演:Walkings、koochewsen,、MONSTER大陸

●9月3日 東高円寺U.F.O. CLUB『夏休みアンセム

出演:Walkings、突然少年、オワリカラ、余命百年

●12月19日 新宿JAM『失神ナイト』

出演:110番、恋をしようよジェニーズ、私の思い出、KiNGONS、忘れてモーテルズ

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私にとって面白いイベントは、予定調和ではなくて、音楽性がたとえ違くても、バンドが本来持つ性質が実は共通しているだとか、ライブに懸ける熱量が似ているだとか、一見異なるんだけど、実は……みたいなものに気づかされ、それを強く実感できるものかなと考えている。

 

このほかに面白いと思った音楽の動きは、2つあって

 

■GLIM SPANKYによる音楽とカルチャーの融合

9月に渋谷wwwで開催された、ファッション雑誌「装苑」とコラボした女性限定のライブ&トークイベント。ライブ約1時間と、レミさんやクリエイターの方々のトークショー、新進気鋭の女性クリエイターたちによるフリーマーケットも行われた。まさに〈女の子のためのカルチャーイベント〉だった。〈音楽とカルチャーはひとつだ〉というレミさんの信念を強く感じて、私もそんな考えを持っている一人としてこのようなイベントに足を運べてよかった。トークショーでは私が高校2年生の時、美術館の展覧会で偶然目にした衣装……バレエリュスのファッションの話題にもなり、思わぬところでつながりができてうれしかった。

音楽とカルチャー。

音楽は決して音楽だけで一人歩きしているわけではない。CDやレコードのジャケットなどのビジュアルやデザイン、写真、衣装などファッション、映画やミュージックビデオなど映像、文学、お店など特定の空間やその場所の雰囲気、その時代の状況、政治、思想などなど……それらと結びついて、音楽の世界を深く味わうことができると私は思っている。

だけどそれを伝えてくれるロックミュージシャンは限られている。しかもそれが女性だと。

だからレミさんは貴重な存在だと思えてくるし、今後もグリムなりの音楽とカルチャーの融合を私たちに見せてほしいと思う。

 

■THIS IS JAPAN企画のオルタナティブコンピCD発売

これは11月に発売されたCDのことである。

東京のTHIS IS JAPANというバンドが、新しい時代を切り開くと感じるバンドを〈ニューオルタナティブ〉という観点で選び、18組の楽曲を1曲ずつ収録したCDだ。私もしょっちゅうライブハウスに行っているせいか、このコンピに参加してるバンドの多くをライブハウスで観ていた。まず企画者のTHIS IS JAPANは、自らを〈オルタナティブ〉と何度も言うバンドなのだけど、ツインギターが織りなすキャッチ―なメロディー……だけで済まされず、ときには不協和音をも起こすいびつさが魅力。そこに合わさるツインボーカルのハーモニー、オルタナティブといえども初期型パンクロックを彷彿させる勢いも兼ね備え、突き抜けていくさまが潔い。他にはそろいのキュートな制服に身を包み、まるでたくさんの風船が空へ向かって飛んでいくようなワクワクと楽しみを与えてくれる、ショーとしてエンタテイメント性抜群! かつ50回転ズやKiNGONSの系譜も受け継ぎ、可愛さの中にたくましさも備えた、関西の女子4人組ロックンロールバンドTHE TOMBOYSも収録。その他、一部の音楽関係者たちが90年代リヴァイヴァルだ!と驚き、注目を集めるニトロデイやTeenager Kick Ass、今勢いを増しているCHAIなどなど注目の若手がここには集まっている。コンピとしてまとめられているからといって、みんな音楽性が一致しているわけではなく、それぞれ好き勝手に好きな音楽を鳴らしている。それがいい。

私がなぜこのコンピがいいと感じるのかというと、日々地下のライブハウスで活動をするバンドが自ら中心となって企画されたものだから。

例えば同じようなことを、CDではなくて、ライブイベントをして仲間を集める、なんてことならあると思うし(その主催者がイベンターやバンドであれ)、またライブハウスにゆかりのあるバンドを集め、あくまでライブハウスが企画した、ライブハウスのコンピCDなら聞いたことがある。

でもCDが売れなくなったこの時代に、バンド自ら多数のバンドを集合させ、音源として形にしたこと。ここから新しいシーンを、時代を勃興しようとでもいうのか。そんなふうにも思えてきて、面白いと思った。

日々ライブハウスに出入りする私は、今この時、ライブハウスで鳴っている音楽を、それを知らない人たちに説明するとしたらどうしたらいいか悩んでしまう。だけどこういう音源ができたことで、ライブハウスになじみのない人たちにも何か感じてもらえるだろう。そして私のようにライブハウスになじみある人間にとっても、今のバンドと音楽を取り巻く環境を客観的に感じられる資料にもなる。

だからオルタナコンピが発売された意味はあると私は考えている。

バンドがそのバンドだけで上に行こうともがくのも美しいけれど、バンド単体だけでなく、仲間を集め、ひとつのシーンとして切り開いていこうとする姿勢もなんかいいなぁと思うのだ。

こういうことが広がっていって、さらに面白いことが起こればいいなぁと思う。

 

他に印象的といえば、6月に初めてライブを観てから何度も観た、東京の3ピースロックバンドWalkings。ブルースロックを武器に、うねるようなグルーヴ、地割れが起こるんじゃ?と思うほどの爆音、今時珍しい予測不能、変幻自在のセッションで、観る者をアッといわすライブをしている。あくまで〈音〉を突き詰めるバンド。

彼等は今年の春に、サウスバイサウスウエスト出演を含むアメリカツアーを敢行。その渡航費やドキュメンタリー映画の資金をクラウドファンディングで募り、目標金額を達成させ、ツアーを行った。彼等は無所属のバンドだからか、彼らに協力しているカメラマン、映像作家、スタッフたちは皆、彼等の音楽がいい、カッコいいと思い、バンドに力を貸しているんだと思う。

……そう感じたのは、彼等のアメリカツアーを追ったドキュメンタリー映画を観てから。

 

無所属ゆえ、はっきりいって有力なコネクションもほぼないだろうし、それゆえ発信力に欠け、届くべき人たちにまだ音楽が届いていない……と、本当に勝手な想像を私はしているのだが、彼等だけではなく、本人たちとスタッフを含む、Walkingsというひとつのチームがいいなと思わせられた。

そのバンドが本当にかっこいいから、そのすばらしさをもっと多くの人に知ってもらいたい。

そんなふうに思ってくれる人たちに囲まれ活動できるバンドは、たとえ売れていようが、まだ売れていない駆け出しであろうが、幸せかというか、理想的な音楽活動をしている、と言えるんじゃないか……?

そう考えるひとつのきっかけになった、バンドでもある。

 

ずっとライブハウスに行くと、パフォーマンスが音楽がどうこうとか、本来ライブを観て楽しむという観点で、新しい面白いバンドにも出会う。そしてバンドといえどやってるのは人間。本当にいろんなタイプがいるなと感じる。それだけじゃなくて、どこかに所属しているのかしていないのか、インディーズなのかメジャーなのか、ライブの本数が多いのか、ライブに積極的かどうか。つまり活動方針も、バンドそれぞれ。

そしてこのライブは誰が企画したのか。ライブハウスなのか、バンドなのか。それとも個人イベンターなのか。

 

たかがライブハウスに行くとはいえ、ライブを観ることを通して、物事をいろんな観点からみることができる。

 

そうすると私は考える。

自分はこれからどんなふうに音楽と関わりたいのか。

音楽を仕事にするといっても、さまざまなものがあるんだと気づくから。

その結論、今の私はやはりメディアだった。

紙媒体。

 

それに気づいたのも、ライブハウスとそこで出会うバンドたちがきっかけで。

 

私にとって、ライブハウスに行くことは自分の大きな楽しみでもあるし、今後の自分の目標をどう定めるか、それにも大いに影響している。

ライブハウスに立つバンドの姿、そのいきざまと、立場違えど自分自身が重なり、勇気をもらうことだって何度もあった。挫けそうで、不安なときも、自らを奮い立たすきっかけをくれたバンドの存在もある。

 

長々となったけど、振り返ると改めてライブハウスで出会ったバンドからの影響って大きいな(笑)。

今年もカッコいい音楽を鳴らしてくれたバンドたち、そしてそんな彼等彼女たちの音楽を届けようと陰で支えてくれた人たち、ありがとうございました。お疲れさまでした。

 

来年もすばらしい音楽が世の中にあふれますように。

そして、一人でも多くの人に広がりますように。

 

 

この世からあの世へ~THE YELLOW MONKEY 「Stars」を聴いて~


つい数時間前、学校から帰宅して慌ててテレビをつけた。

その理由は、イエローモンキーがMステに生出演するからだ。

テレビをつけた時には、ちょうど吉井さんがタモリさんと話していて、どうやらデヴィッド・ボウイのことを話題にしているようだった。
途中から見たので、トークの全容は把握できなかったけれど、今回の新曲はデヴィッド・ボウイが関係しているのは確かだったんだ、とはわかった。

今回の新曲というのは、イエローモンキーが3ヵ月連続配信リリースの第2弾として10月27日にリリースした「Stars」のことである。

そのミュージックビデオも同時に公開された。


〈Dear My Rockstar〉

と、唄い始めるのだから、もう言わずもがな、ああ……デヴィッド・ボウイのことを指しているだろうな、と思った。

曲からイメージできる色彩もカラフルではなくて、モノトーン。
イントロから単調に刻まれるギターの音色は、もはや気味が悪いというか聴いていてちょっと不安になってくる。
でもサビが広がっていった時、ストリングスの音色によって少しきらめき、うっとりするような安らぐような、ワクワクするような気持ちになった。

サビでは、星が瞬く真夜中のあの世とこの世をつなぐ古い洋館のホールで、あの世の者とこの世の者が手を取り合いダンスパーティーを楽しむ光景がイメージできた。

そして何よりも、この曲を聴いた時、あの世とこの世の狭間にいるような気分になった。


吉井さんが50代直前を迎えた2015年、ソロで『STARLIGHT』という作品をリリースする際に、吉井さん自身しばしば死生観についてインタビューで語っていた。

もともと吉井さんは解散前のイエローモンキー時代から、生死に触れた楽曲を数多く残してきた人だと思う。
落ちていくこと、死んでいくこと、何かを失うこと、その恐怖、不安……。

でも50代を迎えるにあたり、吉井さんが口にしたのは、前よりも死ぬことがリアルになってきた。だから昔みたいに軽々しく唄えないというような内容だった。
死ぬこと、老いることが若い頃よりもよりリアルになって、どんどん迫りくる。その恐怖や不安をバネに、その現実に抗い、逆に開き直って前に進んでいこう――その思いが突破口となって、あの『STARLIGHT』は、若さゆえの衝動とは全く違う勢いを感じる、けれども根底には死の匂いが香る、そんなみずみずしくて力強い作品になったのだと私は思っていた。

けれども、今回の「Stars」は、死に抗っているわけでもないし、それに対して恐怖や不安に苛まれている感じでもない。
むしろ、死んだ人たちがいる世界と今自分が生きている世界が一体化しているように思えてきたのだった。
死ぬことは本来すごく怖いけど、死んだ人たちがいる世界をこっそり覗いてみたい……知らない未知の世界に踏み出す時って、そういえば、いつも恐怖とワクワクが入り混じる。それと同じだ!
サビのストリングスの入るところで、妙にワクワクしてくる気がするのも、このせいか。

そして冒頭に、サビは真夜中に星が瞬き……と書いたけれど、その星こそが、今は亡き先人たちの魂そのものなんじゃないかなってイメージも湧いてくる。
その星のひとつがまさにデヴィッド・ボウイだったりする。

星ひとつだけ見ると、一度瞬いたら夜空からぽろって剥がれ落ちてしまうんじゃないか?と思うくらい小さくて、頼りない。儚いものだなって感じる。だけど星は決して1つだけじゃない。他の星たちも含めて、夜空に広がるからすごくきれいに見える。たくさんの星の光が集まればなんだか大層なものに見えて頼りがいがある。儚いけど、力強い。
星の数が多いだけ、今まで積み上げてきた先人たちの魂、歴史の数も多い。その光が今を生きる私たちを照らしてくれている。

そんなたくさんの歴史が埋め込まれた夜空の星のひとつになる時が、いつか誰でもやってくる。

だけどあの世に行ってみたらわりと楽しいんじゃないか?
だってあの世に行ったら、デヴィッド・ボウイもジョンレノンも亡くなったおばあちゃんも、みーーんないるのだから。この世で会えなかった人にもあの世でならば会ってお話できるかもしれないじゃないか!

そう考えるとなんだか死ぬのも悪くないかもなぁ……。(いや、まだ死にたくない!)

「Stars」という曲のイメージの話から妄想が膨れ上がってしまったけど(笑)、つまりは死ぬことも生きることの地続きにあるんだよ、と感じられたこと。

それが今までの吉井さんの楽曲に描かれていたこと異なると感じ、新鮮に思えたのだ。

 

今年、私は20歳になったばかりで、自分が死ぬこと、そもそも死とか全然わからないしイメージがつかない。

ただ、高校3年生の時の50代の国語の先生も、吉井さんと同じように死がリアルになってきたと言っていた。

明らかに見えるものが、私と違うんだなっていうことだけは感じる。
そして吉井さんだったりその年代の人たちは、10代だったあの時の私、そして今20歳の私よりも未来というものが、よりはっきりとくっきりと明瞭に見えているんだろうなとも思う。

今の私は、未来なんて眩いけれど視界はぼやけてて霞んでて、よく見えない。だから、明るいけど、ある意味真っ暗闇なんだ。

そんな未来がよく見えない若者と、先が大体なんとなく見えてきた50代が言う「死ぬ」だの「死にたい」だのってそりゃ重みが違うだろうね。本当のところはやっぱりわかんないけど……。

それから時間の過ぎ方も違うのかな。

私の母親も私が20歳になって、私を産んでから20年も経って自分も20も歳とったことが驚くし、あっという間だったと言った。

父親も今年でちょうど今の会社に入社して30年が経ち、あっという間だったと言ったのだ。

20年、30年過ぎるのがあっという間ってどういう感覚なんだ???

私なんて20歳になって「あーーーやっと20年かあ。長かった」だったのに!(笑)。むしろ、まだ先が長すぎていやあああああって思う瞬間すらあるというのに!(笑)。

でも自分もある時ふと、このままあっという間に歳とっちゃうんだろうな、と頭に浮かんだ時があって。
なんでなのかわからないけど、そう思った。
だから先が長いだとか思ってるうちに、気づいたら顔の小じわやら白髪が気になるおばちゃんになっちゃうかもしれないし、若さは永久じゃない。じゃあ今できることしよう、楽しもう!なんて思ったり。

ってことは、自分が死へ向かっていくのもあっという間なのか?

……うーん。わからない。

でも、いつか死ぬことがリアルに感じる時はきっとくるんだろう。

その時に、この世とあの世は全く別物じゃなくて地続きにあるのかもしれないと、それもリアルに思えてくるのかもしれない。

 

肌の不調は、日々の不調……⁉

 

つい最近まで調子よくて、何事も楽しくて良い感じだったのに、気づいたらなんか気持ちが上がらないしどんよりしちゃって、ズーンと落ち込むことが、たまにある。

 

今わりとそんな感じです。

10月になってからですね。

気温も暑くなったり、寒くなったりいったりきたり。定まらない。

しばらく秋雨も続くとかなんとか言っているし。

 

季節の変わり目、心身ともにアンバランス。

 

来るはずの生理が予定日の一週間経っても来ないわ、まさかの人生初の生理不順なのか。

(というかそもそも今までほぼ周期通りだったのは、思春期真っ盛りにしちゃ奇跡だったかもね。)

そしてそして、おでこのニキビが一週間経っても治らないわ……トホホ。(来週の成人式前撮りまでには治ってくれよ!頼む!)

 

そんなトホホな最中に新しい動きが出てきました。何かはまだ言えないけど、私が学生時代最後に挑むにはふさわしい感じになるんじゃないかな。

20歳になったんだし、何かやりたかった。

これから白紙に文字を記したり、色を塗っていくような、今はまだ本当にゼロ状態だけど……今後にご期待ください!

 

それから学校の授業で取り組む、フリーペーパー制作。

こちらの最新号(来年2月上旬発行予定)の制作も、開始しました。

ただいま取材をお願いしたいアーティストへ取材依頼の企画書を作成したり、コラムの制作に取りかかっています。

私にとってはこれが学生時代最後の制作になるから、毎度のことだけど改めて気合い入れて、真摯に音楽と向き合って作っていこうと思います。

どうぞお楽しみに。

 

で、せっかく高校生のときに、将来のためにこのブログを立ち上げて、少しずつ書いたものの専門学校に進学してからライブは月5本観に行ったりしてるのに、あまりうまく活用してこなかった……これからは気が向いたらどうでもいい雑記もどんどんアップしたいな。 

学校の制作の過程を報告したりー使い方はいろいろとできるはず。試行錯誤!イェイ!

 

 

うまくいこうが、不調だろうが毎日はちゃんとこの先に転がってるからきっと大丈夫。そう言い聞かせて、残りの10月過ごしていくぞー!

 

というわけで、皆様どうかお身体には気をつけて。

ニキビのせいで、久々にノーメイクを強いられている青木でした。(肌のために早く寝ましょう)

 

夏の終わり「孤独」の花~中田裕二ツアーファイナルに寄せて


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干涸びた向日葵 夏もまた過ぎ行く

 

涼しいというより、肌寒いと表現したほうがいい。

そんな風が吹きわたる、8月最後。

道端の向日葵の花がふと目について、思い出した冒頭のフレーズ。

これは、中田裕二が今年3月にリリースしたアルバム『thickness』に収録されている、「何故に今は在る」という楽曲の詞の一節だ。

 

 

――(音楽のジャンル的に)独りぼっち、孤独な戦いだけど、こういう音楽ももっと聴いてもらうべきだと思う。

 

中田裕二がこんな旨の内容を発言したことは、今なお鮮明に耳に残っている。

今年5月28日に、昭和女子大学 人見記念講堂で行われた、全国ツアー〈TOUR 17❝thickness❞〉最終公演のことである。

 

中田裕二といえば、かの椿屋四重奏のフロントマンであり、ソングライターだった。バンド解散後は、ソロ活動に専念し、歌謡曲をはじめ、ブラックミュージック、AOR……彼が愛してやまない音楽にリスペクトを示しながら、独自の表現や歌を進化させてきた。

彼は(音楽的な意味合いで)一ヵ所に安住することを嫌い、こっちにいったかと思えば、あっちに行った……と、ある意味、聴き手を惑わすミュージシャンでもあると思う(笑)。

こういうことが起こるのは、彼なりのオリジナリティーを追求し続けているからこそ、のことなのだが。

 

彼が、彼自身の思うままに表現を追求すればするほど、時代の音楽の流行からどんどん離れていくのは、端から見る誰しもがわかる事実で……。

「孤独」

そう括ることもできるけど、今さら……とも、はっきり言ってしまえば、そう思ってしまう部分もある。

だけども裏を返せば、彼だけの、彼にしか表現できない世界が広がっている。

だからこそ、彼を賛同する者が必ずいるのも事実だった。

 

それは、このツアーを共に廻ったサポートミュージシャンたちに注目すれば、それがよくわかる。

 

奥野真哉(キーボード)、白根賢一(ドラム)、平泉光司(ギター)、真船勝博(ベース)、カトウタロウ(バックヴォーカル)、木村ウニ(バックヴォーカル)

 

サポートとは言いがたい、豪華な演奏陣。

 

私はこの最終公演を観ながら、中田裕二がソロミュージシャンなのか?と思ってしまうほど、中田裕二と共にステージに立つサポート陣が、結束力の強いひとつのチームに見えた。

みんな、ものすごく楽しそうだった。

中田裕二も、何度も笑顔を見せていた。

 

「楽しい旅でした」

 

そんなことも、中田本人は言っていた。

 

今回のツアーのサポートミュージシャンは、今までも何度か中田裕二のツアーを共に廻っているというのも、強いチーム感を生み出す大きな理由だとも思っている。

 

彼も、サポート陣を心から信頼し、演奏を共に楽しんでいたし、サポート陣も彼の楽曲を、そして彼を愛し、演奏を楽しむ。

 

中田裕二を軸に、このメンバーが集まり、共に音楽を奏でられる。その喜びを何度も垣間見ることができたライブでもあった。

 

ここには、中田本人がこぼした「孤独」など、どこにあるのだろうと、思ってしまうのだ。

彼は、「孤独」を貫いたからこそ、得た仲間たちがいる。

そしてその音楽を賛同する、リスナーもいる。

何も恐れることはない。

 

時代が何だ。流行りが何だ。

人の心に沁みわたる、感情を揺さぶる歌の力を信じて、日本人ならではの表現を深め続けてほしい。

とはいえ、こんなことを書いている間には、すでに次へ進んでいるのが中田裕二という男だと思うけれど。

 

 過ぎ去っていく夏の影は、悲しげなもの。その影に、失った大切な人の姿を重ねては、途方に暮れていた、「何故に今は在る」の詞の中にいる、主人公。

 向日葵の花は枯れて、風に揺れる。そのたびに言葉に表すにも表せない、胸の底に沈む感情が、主人公の心の中でぎゅっーと絞り出されるだろう。

今は苦しく、先が見えなくとも、一年後にはきっと新しい花を咲かせる。

だから、少し時間がかかってもいい。

また来年の夏に向かって、一歩ずつ歩んでいこう。

今は孤独に染まっても、大丈夫。また歩けるから。

 

 夏の終わりに見た、枯れた向日葵。不思議なことに悲しさよりも、未来を感じさせる力を持っているように見えた。

今年の夏は、悪くない。

 

 

 

 

【WORKS】音楽フリーペーパー『KeepON』VOL.25(2017.8.8発行)

blogの更新を、一年以上さぼってしまった……。
その原因のひとつは、学校の制作物に時間をかけているから、とも言えます。

blogに書こうなんて考えたこともなかったのですが、これを機に、記録として残しておこうと思います。

私は昨春に入学した専門学校で、音楽雑誌編集コースを専攻しています。授業のカリキュラムの一環として、夏と冬、年に2回発行する、音楽フリーペーパーの制作に携わっています。

企画立案、企画書作成、レコード会社等へアーティスト取材の交渉、取材、原稿と誌面デザインの作成、印刷会社への入稿作業、フリーペーパーの店舗への納品、発行の宣伝、オフィシャルウェブサイトや公式Twitterの更新など……

これらをすべて、学生自ら行っています。

その音楽フリーペーパーは『KeepON』といいます。

8月8日(火)に、最新号となるVOL.25が発行されました。



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今日の日中には、今回の最新号を設置してくださる都内のレコード店やライブハウスに直接伺い、最新号を渡してきました。



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今回、置いてくださる店舗の一覧です。

詳しくは、『KeepON』公式Twitter
(@KeepON_OFFICIAL)
や、オフィシャルサイト(http://magazine.tsm.ac.jp/keepon/)を確認お願いします。

2年間の専門学生時代のうち、フリーペーパーは4冊作りますが、今回で3冊目を作り終えました。

いよいよあと1冊、冬号を制作し、専門学校を卒業します。

あっという間だなー。

そして個人的なことといえば、先月、私は20歳を迎えました。つまり、この最新号は、私にとって10代の最後が詰まった大切な作品でもあります。魂を込めて作り上げた、この最新号を通して、アーティストの言葉がファンの人に届いたり、知らない音楽に触れるきっかけになれば本当にうれしいです。

最新号の無料配送も期間限定で承っているので*1、ぜひ手にとって読んでもらえたらうれしいです!

よろしくお願いいたします。

*1:KeepON公式Twitterのツイート参照

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4月・5月の総括 その1

あれよあれよと気づけば5月も終わり、6月に差し掛かってしまいました。

3月に更新して以来、ブログを長いこと放置してしまったのですが、その間に私はというと、栃木から上京し、一人暮らしを始め、晴れて専門学生になりました。

この2か月間はあっという間に過ぎていったけれど、とてつもない濃さで、日々学校、学校外のプライベートな部分で、あらゆるものを吸収していったかな、と思います。

この2か月間の週末はというと、ほぼライブハウスにいたんじゃないかな、という勢いです。もともと栃木にいたときには、宇都宮のライブハウスにしか行けない状況だったし、上京したら見たかったバンドや行ってみたいライブハウスがたくさんありました。だから上京した今、都内で色んなものを色んなハコで見てこようと。

まず4月22日、 Zeep Diver City TOKYOにてNICO Touches the Walls / ドレスコーズを。アンコールで両者ビートルズの「アビイ・ロード」というアルバムからカヴァーをセッションで披露したのが、とても素敵でした。そうだまだ「アビイ・ロード」聴いていなかった!

続いて翌日23日は、下北沢SHELTERにてTHE TOKYOワンマンショーへ。昭和臭さと親しみやすさが混在していて、思わず踊りたくなってしまう陽気さもあってすごく楽しかった。お客さんもみんなお酒片手に踊っていたので、私も成人したら……ですね。

そして24日は、下北沢CLUB QueにてJake stone garage / THE PINBALLS の熱い熱い、最高な、もうこれはロックンロールでしかない素晴らしき2マンライブを見届けてきました。本当によかった。ちなみに、4月、私が一番聴いてハマっていた音楽・バンドはPINBALLSでした。そのことも、このライブのことも含めまた改めて別記事で書きます。

こんな4月後半怒涛の3日間連続ライブを終え、5月になってもその勢いは止まることはありません。

 ……とここで、長くなりそうなので、また続きは次回!

 

手にすることの喜び トキメキ

 

私はCDが大好きだ。

このご時世、YouTubeで無料でたくさん曲も聴くことができるし、ダウンロードだってある。音楽がモノではなくデータというものにどんどん移行し、いつでもどこでも聴けるものへと変化していった。

でもCDを手にした時に感じる、この中にはどんな音楽が私を待っているのだろうか…そんなドキドキ感やトキメキはYouTubeやダウンロードでは味わえない気がする。

まず自らの手でケースを開け、ディスクを手にする。

次にCDプレーヤーにセットする。

そして再生ボタンを押す。

CDによって人は音楽を聴くという行為に至るために、自ら働きかける。

だから「音楽を聴こう」と音楽に対して前向きな姿勢になるのだ。

音楽を聴くために自らの手を動かすということ。

これに意味があると思う。

そして他にも、CDジャケットや歌詞カードといった視覚的な楽しみもある。

音楽は目に見えないけれど、音楽がCDとして存在するとき、その音楽はひとつのモノとして命が宿る。だから視覚的要素も含めて音楽なのだ。

視覚と聴覚…そしてモノとしての確かな質感と質量。

音楽がリアルにこの世の産物として感じられるのがCD。それを手にできる喜び。

そしてこの音楽が私のものだと感じられて愛着がわく。そう感じることができるのは、やはり音楽がCDというモノとして存在するからだ。

 

…と、ここまで去年の11月に書いたきり、今日まで手をつけることなく、下書き保存のフォルダで眠っていました。だいぶ時間が経ってしまいましたが、今もこのCDが好きだという気持ちは変わりません。

自分が好きなミュージシャンやバンドのCDはちゃんと買って聴きたい。今は学生だから使えるお金が限られていて、なかなか全部買えるわけではないけれど、それでもダウンロードではなく、お店でレンタルするし。働くようになったら、自分で稼いだお金で今よりも自由にCDを買えるようになるのかな、と思っています。

これから、自分にとっての名盤がどれくらい増えていくのか、楽しみです。